*いまにつづくおもい




人がつくり 守り、残していくもの

なくなっていくもの・・




内子にきたのは
和傘を張る職人さんの手を、みたかったから

濃紺の藍が
その手から 真っ白な和紙に、落とされて

ご自分でつくられたコンパスのような道具を使って かがめられた腰で
まるくまるく、傘を染めていく・・

あおい日傘は 
内子の伝統和傘職人、泉正氏への 感謝です。





2年前の秋、初めて内子という町を訪れて
町並みを通って、内子の伝統和傘職人、泉正氏の工房へ行った
おじいちゃんは腰をかがめて、和傘を藍色に染められているところだった

私はただ、 だまって みていた
とくに、お話しをしたおぼえはなくて ただ、みていた
「まだ、おったんか」

お昼の“エーデルワイス”が聴こえて 「まんまの時間じゃ」 って
泉さんの午前のお仕事が終わった

「ありがとうございました」


町並みを歩いて、なんだかいい空気だなあ・・内子かあ と思って
まだ暑い9月の終わり、日傘をさして 町並みを歩いて駅に向かった

そして今 その町並みから歩いてすぐそばの家に、私は住んでいる



あれから 泉さんには、お会いしていない
私の中に思い入れがありすぎて 簡単に また、うかがうことができなかった
あまり工房にいらっしゃっていないことは、聞いていた

その頃、ハワイ島から
2年前に布を買わせていただいたおばあちゃんが亡くなったとのお知らせを受けた

日系人のおじいちゃんとおばあちゃんのお店
布を見つけて、話しかけると 英語だった言葉は日本語になって
補聴器を越えた会話・・私はひそかに一生懸命、日本のことやら 話をした

長く滞在していた私が お店で買った布と日本から持ってきた着物で作った傘をお見せすると
縫製師だったおばあちゃんが、ものすごくほめてくれたのが嬉しかった
「このガールが、これを つくったのよ!!」

おばあちゃんは、おじいちゃんより年上だった
おじいちゃんだけ、お店にいたときは 電話しておばあちゃんを呼んでくれた
おうちに誘っていただいたときの 酢漬けのマンゴーと水道水の味が、今も心に残る

その年も私は ハワイ島のお寺の BON DANCE に行けなかった



今年の年明け、東京から内子に戻って
お花屋さんのお友達から、泉さんが亡くなられたことを聞いた




歳をとると、人間はいつかなくなるということ
そして、必死に生きてきた人たちのおかげで 今、
私は生きているということ

そのことを 日々の暮らしの中で感じられる、今の暮らしを
生身の人間として、私は大切にしたい


泉さんが 傘をくるくる回しながら、染められていた藍の濃紺のいろ
いつか、そんな日傘を布で作って ふらっと歩いて持って行きたかった

濃紺の着物
ハワイイのおじいちゃんとおばあちゃんおお店の紺色の布、ブルーの布
そして、ハワイイの日本寺の BON DANCE の手ぬぐいを、重ねて忍ばせた




人がつくり 守り、残していくもの

なくなっていくもの・・


あおい日傘は 
内子の伝統和傘職人、泉正氏への・・
ハワイイの、日本の・・おじいちゃんおばあちゃんへの、

今の私たちを生かしてくださっている 先輩方への、感謝です。





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by acomino.cocoro | 2009-03-18 23:59 | ものつくりの心。
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